マラソン ランニング

自分の体のことや世の中のことなど

劇薬痛み止めワントラム、リリカ、痛み止め効果がある抗うつ剤サインバルタ服用を止めて1週間が経った。薬を飲んでも全く効果がなかったからだ。そして友人から紹介された整体に通うこと2回。まだ劇的な効果は見えないが、悪化はしていない。昨日から40分のウォーキングを始めた。整体の先生の勧めだ。自然に体を動かすことで人間が持っている機能を回復させると言うこと。通常痛みなどの故障がある場合は安静が第一とされるが、この先生は真逆の発想。40分のウォーキングは今の自分には楽ではない。体は相変わらず痛いままだからだ。それでもこの方法をやるところまでやらないことには他に頼るものがないので、兎に角9月1ヶ月はこの先生に言われたことは実行する。次に整体は日曜なので、それまで毎日歩くことが治療と思うことにする。今は未だランニング復帰は見えないが、復帰できたら今度こそはこれまでのようなタイム向上のためのハードなトレーニングは封印し、体が悲鳴を上げないようなレベルのジョギングをしようと思う。

 

と、まあ自分にとっては自分の体が大事で、趣味でもあるジョギングの将来を考えることが大事な訳だが、一方世の中では北朝鮮の問題が連日取り上げられている。ニュースでこれだけ取り上げられても今一つ自分の問題として危機感を感じないのは自分だけなのか。そんな僕でも一つだけ気になるのが北への石油禁輸制裁の蓋然性について。僕の乏しい知識だが、日本がアメリカに開戦した背景にも石油禁輸があったはず。当時の日本は石油の大半をアメリカに頼っていたため、日本への石油輸出全面禁止措置が日本を東南アジアの原油確保への戦争に導いた一要因だと記憶している。窮鼠猫を噛むと言うやつだ。それは今の北朝鮮にも当てはまるのではないか。北に近い中国とロシアが石油禁止すれば、北朝鮮は戦前の日本と同じような状況に陥る。そうなれば正に窮鼠になる。

国連合意の経済制裁は戦争や紛争を回避するための措置とされているが、僕は行き過ぎた経済制裁は別の種類の戦争なんじゃないかと思う。が、制裁強化せずに今の北朝鮮の脅威がなくなるわけではない。では、どうすればいいんだろうか。

人の気持ちとは単純なんだと思う。人を好きになるには色々な理由があるが、僕に好意を持ってくれるとその人のことは好きになりやすい。僕のことが嫌いな人に対しては警戒する。国家間の問題がこんな事で解決する訳はないのだが、人間なんて所詮そんなものじゃないかと思う。互いに言い争っているといつか何かの拍子にどつき合うことになる。国家間の「話し合い」が機能しにくいのは、”ウラ”が見えるからだ。つまり話し合いと言う平和的に見える方法で、自分たちの覇権争いをしているのが、相手にも見えてしまう。だから、そんな話し合いはしたくないのだ。利害関係のある当事者同士では解決しないから裁判と言う制度があるんじゃなかったかな。国連自体が当事者間のドロドロ茶番だから国際司法裁判所も機能しないのか。まあ凡人の僕にはわからないが金正恩とトランプのチキンレースを見るのはもう懲り懲りだ。