マラソン ランニング

走りながら考える走ることについて

走りながら、走り方について考えている時がある。極稀に感じるのは、体の各所の動きがピタリと調和しているということ。左腕の出し方と右脚の出し方のタイミング、そして連続する右腕と左脚のタイミング。これが調和してると感じる時は、脚を出す際の骨盤を中心にした僅かな体の捻りとその捻りを戻そうする自然な力、及び着地時の地面からの反発力だけで新たに力を加えることなく次の動作に移れているように感じる。まるで、精密な機械時計の歯車一つ一つが正確に作用して、一定のリズムで動いているようなことだようか。この感覚が長く続けば楽に走れるとはずだ。

だが、その感覚は長くは持たず、僅か数秒で何処かにすっと消えて行く。せめて長く持たなくとも、その方法が解るなら良いのだが、残念ながらそれも解らず。その感覚が消えた後は、調和の取れていないいつもの走りに戻る。そうなると、手脚を出すタイミングや、腕の振り、歩幅、荷重位置、体の捻り、地面から反発などを個々に一つづつ、順繰りに意識することしかで出来ない。歩くこと、走ることは誰にでもできることもなので、歩くため、走るために、体ので使い方を考えることは少ないと思う。このそれぞれのパーツを意識しながら体を使うことが、僕にとってはスキーをやっていた時にかなり似ているのだ。スキーも荷重位置や体の捻り、荷重後のスキー板を通しての雪面からの反発などを考えなが滑っていたのだ。このスキーの感覚はカーブを走る時などは、先行動作や体の捻りなどが似ているところだ。

その他は少しベースを上げる時、或いは少し負荷をかけたい時には、歩幅を僅かに、例えば感覚では1cmだけ先に接地するような感覚でストライド走法を意識する。

腕の振りも基本腕の位置が腰周辺なので、なるべく高い位置をキープ出来るような意識。こんな具合にいろんな事を考えながら走ることがあるのだ。