マラソン ランニング

経過観察 続々ヘルニア腰痛

この1週間は整体には行かず。そして前回の整体前のウォーキング+15分のランニング後の経過はと言うと、実はこれが「やってしまったなあ」と言う感じなのだ。3連休の2日間、40分のウォーキング+15分のランニング+15分のウォーキング(クールダウン)を実施。15分とは言え、喜びもあってついスピード走をしてしまったのがどうやら祟ったようだ。連休明けから今日で1週間になるが、この1週間は体(腰と右足外側)に痛みが戻ってしまったのだ。この1ヶ月半順調に好転してきたことを考えると、どう見ても原因は15分のスピード走だ。土曜は4分半程度までに抑えたが、日曜は4分の切るくらいで走ってしまった。

なんでそんなに急にスピード走をするのだ?モノには段階というモノがあるだろう?そもそもヘルニアの原因も走り込み過ぎが原因だと分かっているにも拘らず、同じ過ちをするとは何と愚かなのか?という声が聞こえてくるようだ。

正にその通り。僕は莫迦なのだ。然し、今度こそは分かった。本当に分かった。もう、昔のように走ることは当分できないのだと。そして、多少でも走れるようになりたいならば時間を掛けなければいけないのだ。

元々ヘルニア悪化前は10月15日のハーフマラソンに出るつもりだったのだ。5月からトレーニングを再開した理由もこの約4年半振りのレースへの参加がきっかけだったのだ。

8月に急に悪化したヘルニアを9月〜10月に掛けて少しでも走れるところまで持ってきたので、実はゆっくり走ればハーフに出られるかも、とさえ思っていたのだ。

今、考えればレースに参加しなくてよかった。自分の性格からすると棄権はしたくないので21kを歩いてでもゴールしたに違いない。参加していたら恐らく8月頃の一番酷い状態に戻っていただろう。それを考えれば僅か15分のスピード走の無茶のお陰で、ヘルニアとランニングの相関がはっきりしたのだ。

1週間掛けて徐々に体調が戻って来たので、再び地味に、静かに毎日40分のウォーキング生活に戻ろうと思う。

 

経過観察 ヘルニア腰痛続き

相変わらず腰痛である。怪しいと思いつつも、劇的な回復を見せた整体に連休最後の日に行ってきた。この3連休の最初の2日に15分ほど走ったのがどう影響したのか分からないが、今回の施術では前回より痛みがあった。痛みが蘇ると再び、整体に対する疑いの気持ちが湧き出て来る。施術の後には股関節を動かすやや怪しい体操を教えてもらう。教えてもらうのに整体師にかなり近づくことになり、その加齢臭にも参った感じだ。臭いを感じないように口呼吸に切り替えて説明を聞く。怪しい説明に加齢臭攻撃で整体から気持ちが離れつつも、帰り(電車移動なので自ずと歩くことが必須)には体が軽く感じ、腰と足の痛みもなかった(大体施術後は痛み(特に足)があったのだ)。効果を感じると再び整体を信じる。我ながら現金な性格だ。

土日に走って思ったのが、ついついペースを上げてしまう悪い癖だ。土曜はいつものGPSウォッチで、入りの1Kmの6分半前後を確認したら次の1kmは5分前半、ラスト1kmを4分半にしてしまった。1kmだけでも4分半で走れることを確認したかったのだ。家に戻ってGPSウォッチを外そうとしたら、ベルトが切れた。無理にスピード上げることへの警告か。

翌日曜日は、普通の時計で家を出る。あくまでウォーキングが主体なので、珍しく音楽を聴きながらウォーキング+ジョギング+ウォーキング。のんびりジョギングのつもりもその時に限って丁度ペースの早い曲が流れてしまい、これまたついそのリズムに合わせてしまった。体感では入りから2Km目の途中までが5分20~30秒、2Km目の途中から3分50〜4分程度のテンポ。テンポが早くてもストライドを抑えればスピードを落とすことは可能なのだが、一瞬迷った後、早いペース合わせられるかどうか試して見たくなってしまった。ここでもスピード走ができたことへの満足感が優ってしまった。クールダウンのウォーキング15分でも別段腰、足の痛みはなかったのだが、今になって後悔。とにかく、ジョギングは6〜7分くらいのスピードの意識をしないとまずいことになるだろう(僕はどちらかというとストライド走なので負担が大きいのかもしれない)。

現在ウィークディはウォーキングだけなので、この1週間でもう一度体調を整えようと思う。

次の整体は2週間後。そろそろ仕上げなのだろうか。いつまで通うことになるのか、いつまで整体を信じ続けることができるのか分からないが、一度通うのをヤメてみて体調が悪化するかどうか見てみるのも手かもしれない。

経過観察 ヘルニア腰痛

10月に入り、整体によるヘルニア腰痛施術も1ヶ月になった。ここ2週間の症状は小康状態。最初の1ヶ月で痛みを取るという当初の言葉に期待をし過ぎたと思うも、医者でも取れなった痛みが、完治はせずとも普段の生活ができるようになっただけでもかなりの効果はあったと認めるべきだろう。人間とはなんとも欲の深いもので、1分も立っていられなかった時には、立てるようになっただけでも満足していたものが、1時間も歩けるようになると、今度は痛みから完全に解放されたくなるものだ。実はこのところの小康状態から、今の状態で薬(以前効いていたボルタレン)を飲めばたちどころに痛みから解放されるかもなどと考えていたのだ(つまりヤク中が再度クスリに手を出すのと同じこと)。最初からここの整体に2ヶ月は完全に預けるつもりだったが、それでダメなら(別の病院にするなど)他に切り替えることを考えていたのだ。

そんなことを考えながら通った整体。ここの整体の施術はかなりの痛みを伴うため、それはそれで苦痛だったのだが、9月末の施術ではその痛みがかなり軽減。然し、偶然痛みが少なかったことも考えられるため、ヌカ喜びはしないよう自ら戒めていた。そして10月に入っての今回の施術。施術の痛みが無い訳ではないが、明らかに何かが違う。施術に慣れたということもあるかもしれないが、強く押される際に、これまでの表面的な痛みから体の芯に届く一種の心地よさみたいなものを体感した。それと、これまで施術後はやや体全体に痛みが残っていたものが明らかに少なくなっている。

腰と足の痛みが明らかに一段軽減された印象だ。予定の10月末まで整体に通うのが楽しみになってきた。

実は今回の様子をみて整体師から、ウォーキングに加え走っても構わないと言われた。正直走ることにはまだ抵抗があった。うっかり走ってしまい元の木阿弥になりたくなかったのだ。が、言われた言葉を信じ、恐る恐る走ってみた。僅かに15分。40分のウォーキング後にそのまま15分ジョギング。GPSウォッチは持って行かなかったので、正確なスピードは分からないが、恐らくキロ6分程度の緩やかなスピードだろう。15分走って、その後20分クールダウンのウォーキング。ジョギング中は走れた喜びもあり、アドレナリンが出ていたことも考えられるが、痛みはなかった。そしてその後のクールダウンウォーキングも痛みはなし。

問題は翌日の今日の体調。もしや、逆戻りかと思ったが、朝からむしろ体の痛みが少なくなっている。

久しぶりに走れた喜び、体の痛みが軽減した喜び、今後1ヶ月の整体施術への期待。とにかく、順調に次の回復の段階へ向かっている実感がある。

 

信じる者は救われる!?

僕は疑い深い人間だ。漠然とだが、科学で証明されないものは信じていないのだと思う。不勉強なのは承知の上だが、宗教も天地創造説やら、現世とか来世とか聞いた時点で理解を超えていてとても信じる気にならない。催眠術は未体験だが、疑ってみている。一度体験したいものの一つだ。以前知り合いに紹介されて行った気功もダメだった。そもそも信じる気持ちがゼロなので、何も起こらなかった。信じるどころか、自分の背中の辺りで気功師のおじいさんが「う〜」とか「あ〜」とか「はっ!」とか聞いた時点でもう吹き出していた。精神的に弱っている時に新興宗教的なものにハマる人がいるようだが、現実逃避したいという意味では理解出来るが、根本的に何かが解決するとは到底思えない。僕はそんな人間だが、誰かが何かを信じることで気持ちが楽になる、救われた気分になるのであれば、それはそれで構わないと思う。どうぞ、好きにして下さい、という感じだ。

さて、再び腰痛の話題。

そんな非科学的なものは一切信じないと言っておきながら、病院通いを止め、薬を止めて、整体に通っている。1分も立っていられない状態だったにも関わらず、薬を止め、ブロック注射を避け、手術を避けて、選んだのが整体だ。これは全く矛盾していると自分でも思う。整体なんかで椎間板ヘルニアが治るなら、医者はいらない。

僕の場合、痛み止めの薬を強くするたびに痛みが悪化し、副作用に悩まされた。全くいいことがなかった。そんな時に友人から声を掛けられたのが或る施術のこと。それを普通に整体と呼ぶのかどうか未だに分からないが、はっきりしているのは医者ではないし、通っているところも病院ではない。整体と説明するのが一番合っているのだと思う。

友人からその施術を紹介された時も心の底では疑っていた。僕はその手のものは基本信じないのだ。そんなもので良くなるはずがない。が、薬で嫌な思いがあったこともあったので、科学的に証明されている筈のない施術でも何でも試して見ようと思っていたのだ。

9月頭から5回ほど通った。回を追うごとに自分でもびっくりするくらい良くなってきている。

現在の状況(椎間板ヘルニア)になった原因を根本から治すということ。そしても僕の場合は交通事故に遭った時の頚椎症がその原因でらしい。そして、受けている施術と言えば、いろんなところをグイと強く、相当強く押されているのが大半だ。また、肝臓を冷せ、毎日40分歩け、と言われたので従っている。肝臓は薬や老廃物を分解するところだ。僕は体内に残っている薬を分解せねばならぬ。肝臓が機能すれば熱を帯びる、だから冷やせとのことだ。歩くことは体を正常な状態にすることらしい。歩くことで人間の体が持つ本来の機能が正常になるという。

過去の経験から疑いを持ったら決して何も起こらないと思っているので、ここは我慢して兎に角信じる努力をした。何を言われても、どんな説明を受けても、たとえ疑問を持ってもそこは飲み込んだ。そして言われるがままに4週間が過ぎ、体調は格段に良くなっている。完全に痛みが取れた訳ではないが、比較にならないほど、良い。日常の生活がごく普通に送れる。これは助かる。本当に助かっている。

この整体的な施術と肝臓などを冷やしたり歩いたりというものを調べてみると構造医学という言葉にぶち当たった。構造医学をググってみると吉田何某という人の「構造医学 自然治癒のカギは重力にある!」という著書が見つかる。読んでみると僕が通っている施術師の話のネタはここからきていることがわかった。

鮭が重力に逆らって遡上後産卵したら絶命し、重力のまま流されていく様子を見て、流れに抵抗してる不断の動き(遡上)が「生」(鮭にとっては確かにそれは「生」だ。しかし川に戻る前に海にいる時も「生」ではあるが)、逆に流れに抵抗できない姿が「死」(産卵後絶命すれば流れには逆らえないのは当たり前)。植物も種子から芽を出し、反重力方向に成長する。これも「生」であるとしている。次の文章が興味深いのでそのまま抜き出してみる。

「われわれの人生においても、そこにはやはり水流と同じような、色々な流れに向かって進んでいく状態が生きていることなのであり、この活動を断つことが、いわゆる死を意味する。中略。生命の活動は流れに抵抗して行われるのであり、この活動は当然、エネルギーの消費を伴うことになるのである。抵抗するということは、むしろ流れに「応じて」いるのであって、これが自然の生の概念のように思えてならない」

揚げ足を取る訳ではないが、それまで生物として捉えてきたものがいきなり「人生」になると意味合いが少し変わるような気がした。生物としては分からないが、確かに「人生」としてはある種、流れに向かっていくことは時として必要なことだ。ここは頷けるところだ。が、それも束の間、その活動が絶たれると、死を意味する。死は極端だとしても、「老」ということかもしれない。「老」が死への流れだとすると「死」と言い切ってしまっても人生論的には良いかもしれない。もう一つ、理解が難しいところが、流れに抵抗することが流れに応じているいるというところ。これも言葉の印象かもしれないが、鮭の件で、抵抗する=生きる、抵抗しない=死という図式の後に、「流れに応じている」というのがどうしても、抵抗とは反対の方向のように思えるのだ。

 

鮭も植物も反重力的な方向(流れに逆らう)が「生」の方向であり、どちらも生物であることから同じ生物である人間にも当てはまるという演繹的推論をすると、反重力的なものこそが「生」であり生理的であるらしい。流れ=重力に逆らうことが人間にとっても「生」であるが、その流れ=重力に”応じる”ことも「生」なのだ。

そこから二足歩行の話となり、顎関節の話に移り、局部冷却やら、生理歩行の話になるのだが、頭の悪い僕には到底理解の出来ない難解な内容なのだ。最早その理由は分からないが、冷やすのが良いらしい、歩くことが良いらしいという僕が通っている施述師の言葉だけが残っている。

また吉田何某をググると本に書いてある肩書きの「医学博士」「理学博士」であることははっきりせず、どうやら柔道整復師らしい。医師免許はなさそうだ。また、構造医学を検索結果からみると整骨院、整体などとの相性が良いようで、一般の医者とな紐づかない。

さて、吉田何某が書いている構造医学なるものを比較的そのまま施術の理屈として展開している僕の通っている施術師のことを疑っているわけではない。確かに自分の通常の理解とは違うところもある。従って全てを盲目的に信じている訳ではない。それでも僕の体調が良くなっていることは事実だ。少し歩いてはうずくまり、山手線一駅が立っていられずに脂汗を掻きながら座り込んだりしていた日々に比べれば、今は毎日40分以上歩けるようになっている。しかも、それほどの痛みなしで歩ける。体が痛くて睡眠すら取れなかった日々が嘘のようだ。

僕は疑い深い人間だ。

今の施術を受ける際に施術師から9ヶ月で痛みは完全に取ると言われた。そして次の1ヶ月、つまり2ヶ月経てば走れるようになるだろうと言ってくれた。今度は10月頭に行くことなっている。10月いっぱいまではここに通うことにしている。最初から決めたことだ。

当初は、それで効果がなければ、他の何かを当たろうと思っていた。が、今のところ、効果はある。それはそれで良かったと思う。これを誰かに勧めるだろうか?分からない。ただ、僕は試してみて良かったと、僕はしみじみ思うのだ。

 

 

 

笑い者のアメリカ大統領と今後の日本

金正恩とトランプの下品で低レベルの舌戦には大半が辟易としているのだが、ロシアのラパロフ外相の「まるで幼稚園児のケンカのようだ、頭を冷やしなさい」の記事に思わず笑ってしまった。中々良いタイミングで大人でナイスなコメントだ。今回の件でロシアはいろんな意味でいいポジションを得ている。北には兎角中国が矢面に立たされている中、それを隠れ蓑にして絶妙なポジションで見守っている印象だ。中国程責任を負わずして、北を今後利用できるのはロシアかもしれない。地政学的にも中国より有利だろう。

この幼稚園児扱い、多分世界中のまともな国家は「アメリカよ、ロシアに一本取られたな」と思っているだろう。

兎に角、恥ずかしいのはアメリカの民主党支持者とそんな片割れ暴れん坊園児に矢鱈おべっかを使ってる自民党を選んでしまった僕ら日本人か。

今の自民党にも後藤田正晴さんのような骨があり軸がブレず、且つ実力と発言力のある人がいればいいのだが、残念ならがいなそうだ。

そうなると、新党希望のような新興勢力にどうしても期待をしてしまう。自民も本気で安倍依存体質を変えないと先がない。あるいは安倍総理に対抗できる人を入れなければ何も変わらない。反安倍では入閣は出来ないのだが、安倍総理の暴走を抑えられる人が必要だ。

与党が弱ると必ず新党が出て来て風向きを変えようとする。兎に角怖いのは勢いだけで勝利すること。勢い勝利の怖さは民主党政権で経験している。その二の舞は踏みたくないのだ。自治体と国政は違うのだ。ましてや、議員一年生に国政は預けられない。国の経済政策や国家安全保障問題は国家論を持っていないと危険だ。ましてや、この緊張の時代、個人的な想いでの失言は命取りになる。新党希望がまとまった国家論を持っているとは思えない。民主党勝利後のグダグダ内閣改造の日々を思い出そう。まるで、鮮度の落ちた食材を使った日替わり定食を強制的に食わされるようなものだ。なにが出て来ても不味いのだ。もともと食材が不味いのだから、どう調理をしても不味いものは不味いのだ。

経済と安全保障問題を安定的に推進して欲しい。

そして、どうかその間に2人の躾の悪い幼稚園児が悪さをしないようにして欲しいものだ。

 

1時間のウォーキング

休み明け火曜日からのウォーキング。今日は初めて1時間歩いてみた。さすがにウォーキング後多少の痛みはあったが、それでもかなり回復しているのだと実感がある。土曜日には5回目の整体。1時間の背術の痛みに耐えるのは辛いが、普段の生活が戻りつつあるのは単純に嬉しい。不自由になって初めてわかる健康のありがたさ。今は立っていられること、歩けること、電車に乗っても座らずとも痛みが出ないことに喜んでいる。が、これは普通になれば、また、忘れてしまうのかもしれない。そこはいくら何でも学ばないといけないのだろう。最近は気持ちも晴れてきた。病は気からとはそういうことなのだろう。自分でもイライラが明らかに少なくなっている。予定の9月中に痛みを取るという整体の先生の言葉も、どうやら嘘ではなさそうだ。10月までしっかり整体に通って、痛みを取り、普段の生活を取り戻したい。

ランニングに戻るかどうかは10月まで過ごしてから少しづつ考えようと思う。

 

 

 

 

 

現状維持

ヘルニアによる激しい腰痛と足の痛みで普段の生活がままならなくなったのが約1ヶ月前。そして一向に効かない痛み止めをやめて3週間ほどになる。それは不思議な整体を始めて3週間という事。ここ1週間は変化なし。三連休の初日に整体に出掛けた以外、残り二日間は玄関から先には一歩たりとも出ず。毎日のウォーキングもやらず引きこもっていた。引きこもっていたと言っても、家ではアマゾンプライムビデオを見たり、曲を作ったりと、至極健康的に過ごしていた訳だが。

昨日久し振りに会社から自宅まで歩いた。45分ほどのウォーキングだったが、久し振りだったせいか、後半10分はいつもより強い痛みを感じた。それでも、以前より良いのは、楽な姿勢、つまり座ってから痛みが引くまでの時間が短くなったこと。昨日は座ってから僅か数分で痛みが消えた。以前は10分以上はかかっていた。今日もウォーキングして、昨日との違いを見つけたい。毎日些細な変化に一喜一憂していることを客観的に見るとおかしなものだが、毎日何かしら”一喜”したいものだ。

 

もちろんランニングができる訳もない。Garmin connectに登録したランニングシューズの距離が241km辺りで止まったまま。シューズの登録は初めてで、これでソールの減りと走った距離が視覚的に感覚を掴めると思っていたので残念だ。

 

ランニング、腰痛ネタからは離れるが、以前にも触れた北朝鮮関連。

トランプが国連の場でとんでもないことを口走った。僕には金正恩もトランプも同類にしか見えない。アメリカたる国の大統領にしては余りに短絡的で挑発的。一体どこまでチキンレースをやるつもりなのか。戦争が起きれば確実に日本含め周辺国が巻き込まれる。戦争被害も受けるだろう。難民問題も出る。兎に角多大な犠牲が出るだけで何も生まれない。トランプは金正恩に負けたくないという子供染みた感情から発言しているとしか思えない。戦争に突入する前にトランプを弾劾できないものか。そんなトランプに迎合する安倍も問題だ。こいつも危ない。

金正恩、トランプ、安倍。この偶然の巡り合わせが歴史を破滅に追い込むかもしれない。もしヒラリーが大統領だったら、今の状態にはなっていないはずだ。少なくとも対話路線を慎重且つ、綿密に進め、ここまでの危険な関係にはなっていないはず。しかし、選ばれたのはトランプだ。世界中が内向きに、自国のことを優先する、そんなメンツが世界でも揃い初めている。非常に危険な空気を感じる。